歴史

湯元の田植踊
湯元の田植踊 長野の別所温泉、野沢温泉と並んで日本三御湯の一つに数えられ、 かつては「名取の御湯」と呼ばれた秋保温泉郷に伝わる田植踊。 温泉にまつられている薬師堂に奉納した五穀豊饒祈願の手踊りが始まりといわれる。 その後湯治場のにぎわいに誘われて全国より集まった東下りの旅芸人や、 慈覚大師によって開かれた修験の道場を訪れる法印山伏の太平楽などの影響を受け、 今日の十二種類の踊りが工夫されたとされている。 また、かつては庭先や土間で踊らない『お座敷田植』であった。 現在は毎年5月5日に行われている薬師堂の子育薬師祭において奉納されている。
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長袋の田植踊
長袋の田植踊 長袋地区はその昔、平家の落人たちが住みついた所といわれる町の中心地で、 平家一門の菩薩を弔うために立てられた向泉寺には、平重盛の守り本尊といわれる小松阿弥陀如来がまつられている。 現在も長袋の田植踊に用いられている大太鼓の胴裏には元禄二年(1689年)の紀年銘があり、 少なくともそれ以前から田植踊があったと考えられる。 また、長袋の町には幕末から昭和初年にかけて地芝居(歌舞伎)があったが、 長袋など仙台城下周辺の田植踊に歌舞伎の影響が強くみられるのは、 この地芝居に出た素人役者たちが正月には田植踊の役割を担ったからである。 現在は、毎年4月の第3日曜日に神明社の例祭で奉納されている。
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馬場の田植踊
馬場の田植踊 藩政時代、二口峠を通って山形県村山郡に通じる宿駅であった馬場に伝わる田植踊には、 他地区の田植踊には残っていない余興踊があり、古風な美しい踊りを伝えている。 嘉永2年(1849年)の記録によると。当時仙台城下には蕪組(かぶら)、蟹組、 海老組という3組の田植踊が市中をねり歩いていたとあり、 馬場を始めとする秋保や旧宮城町の殆どの田植踊組の弥十郎が着るブッツァキに千両蕪の大紋が付いているのはその名残とみられる。 また、慶応元年(1865年)正月27日馬場の田植踊が新川に招待されたという記録が残っており、 当時小正月頃に各集落を交互に廻り踊って豊作を祈願しつつ親交を深めていたことがわかる。現在は、 毎年4月29日秋保大滝不動尊の祭礼で奉納されている。
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野口の鹿踊 - 宮城県指定無形民俗文化財 -
野口の鹿踊 約300年の伝統を持つ踊で、宝永8年(1711年)からこの地に残る伝書には天和元年(1681年)に相模金谷の住人、 桃生野仲次の弟子桃生野八郎兵衛から野口の沢口与蔵に伝授されたとある。 同系のものは隣村の現川崎町本砂金の上組と下組にも伝承されており、 仙台城下八幡町から泉区や旧宮城町に伝わった流儀のものとは由来や装束、 芸態も異にしている。かつては3月節句に悪霊悪疫の退散と五穀豊饒を願って、 部落の各戸を五行幣を配りながら踊り歩いた。 踊庭には二軒四方の四隅とその中央に五色の五行旗を立てて注連縄を張り、 装束には陰陽五行の飾りや五行幣も飾られて極めて信仰色の強い芸態を残している。
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滝原の顕拝 - 宮城県指定無形民俗文化財 -
滝原の顕拝 滝原の顕拝は念仏踊りを源流とする古態の念仏剣舞である。 仙台剣舞のなかでも独特の芸態をみせ、「顕拝」と書かれているものは他にない。 寛政3年(1791年)江戸神田の人が伝授したといわれ、以後、 疫病よけとして地区各戸を廻り歩いたほか、愛子や仙台で伝染病が流行したとき等も招かれて踊り歩いたという記録もある。 一行が道中を進むときは必ず法螺貝を吹いて清めながら歩いたという。 他の仙台剣舞はいずれも鹿踊と一対になって伝承されており、 隣同士とはいえ滝原の顕拝と野口の鹿踊だけがそれぞれ独立して伝わっているのは非常に興味深いといえる。 現在は、4月29日の秋保大滝不動尊の祭礼で奉納されている。
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馬場愛宕神社の神楽 - 仙台市指定無形民俗文化財 -
馬場愛宕神社神楽 社伝によれば慶応3年(1867年)馬場西光寺住職の智俊が石田・橘川両人の師匠から神楽を修得し、 それを土地の若者達に伝習したみものといわれている。 その演目・芸能からみて仙台周辺に広く分布している十二座神楽で、 先年までは山形林家舞楽系の太平楽を模した「タヘヤロの舞」と、 除魔悪疫退散の「獅子舞」も演じられてきたが、現在は中絶している。 十二座神楽の特徴はすべて黙劇で、洗練された楽の拍子に乗せて舞われ、 祈祷の舞を中心に簡略な筋立てを持つ神話を演じるもので、荘重な舞と軽妙な舞とが入り交じる。毎年7月の第三土曜日に、馬場愛宕神社例祭にて奉納されている。
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秋保神社の神楽 - 仙台市指定無形民俗文化財 -
秋保神社神楽 秋保神社所蔵の「別当系図」によれば、6世妙電坊唯識の頃に「当代に至りて伊勢の相模守と入魂し年に定宿となしけるに相模申けるは、 当社へ奉納の神楽は宮川流と申して数なき舞なり、後々のため記之」とあり、 少なくとも400年以上の歴史を持つと伝えられている。 馬場愛宕神社神楽と同じく十二座神楽で、囃子は太鼓と笛のみで行われる。 演目がすべて終了すると、他の多くの神楽で行われなくなった神官による「湯立て」が行われる。 これは釜で煮立てたお湯を、法印で拝みながら笹葉を束ねたものでかき混ぜて見物人にあびせるもので、頭痛や風邪よけの行事である。 現在は、1月14日と9月の例大祭で奉納されている。
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