磐司磐三郎物語

異文化との遭遇そして伝説

 その円仁が奥羽越境の際、二口山塊でマタギの祖或いは蝦夷文化の大親分と遭遇した。「ここらの山のぬしは、おれだ!」と山中で円仁を阻んだのは磐司磐三郎(兄弟?)だったに違いない。しかし、異国の神のありがたさと円仁の並外れた人徳の高さに、完全に感化された磐司磐三郎は、全山をあげて円仁の宗教活動を支援したと推察される。


磐司岩
磐司磐三郎伝説最大の聖地 磐司岩
 円仁という人物を介し幸か不幸か精神の転換を受けたその集団は、くしくも東北地方というきびしい気象条件のなかに狩猟の風習と自然崇拝といった精神(マタギ)だけは、細々と残している。
 然るに二口山塊には磐司磐三郎(兄弟?)を起因とした名所も数多く、名称磐司岩を長く生活のフィ-ルドとしてきた野尻の集落をはじめとして、秋保地域民にとっては実在したであろう磐司磐三郎を先住の英雄として崇め、山岳民俗の誇りを今に伝えている。
 さらに二口峠を越えた山寺立石寺では開祖の円仁もさることなが二口を縄張りとしていた磐司磐三郎の功績をも大いに讃え、山神として祀っているのである。
 磐司さらに・・・・
 いうまでもなくこの伝説の人物の舞台・・・二口には、かつて「磐神岩」と記録がありさらには磐神(ばんずん)と称され語り継がれてきた。
二口山塊最大の奇岩群・・・磐司岩がある。
(おそらく日本山容姿からみても巨岩列群はなはだしく一見してすごい!)
雄大で荒々しく異様なまでの幽玄さを漂わせるその山容こそ、伝説のすべてといっていいほどの神聖な一帯を構成している。それは古くは山岳民族の生活の舞台であり、誇りであったに違いない。(もちろん2000年となった今でも秋保郷の誇りでもある)
磐司磐三郎・・・・
 諸般の説では一人(磐司磐三郎)といい、または二人(磐次郎・磐三郎)という。壮大なこの伝説を胸に、奇跡にしていまだその痕跡がみられるであろう伝説の舞台に、今年もザック一つを背負って四季折々に融けてみたいものである。

ページの先頭へ戻る